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キツネとタヌキと、にんげんと。

Chapter 01: 祭りの日

とある昔、とある山、とある苔のむす森に、キツネ族とタヌキ族が住んでいました。

でも、キツネ族とタヌキ族は、お互いにいがみあっていました。

ほんとのところ、キツネもタヌキも、お互いのことはなんにも知らないのですが。

ですが、とにかく、いがみ合っていました。

同じ森に住んでいるのに、住んでいる場所はばらばら。

キツネ族の縄張りは明るい森の「キツネの里」に、タヌキ族の縄張りは暗い森の「タヌキの里」に。

そうして、決して交わらずに、いがみあって生活していました。

キツネたちは「タヌキを見かけたら、みんなで集まって戦いなさい」と。

タヌキたちは、「キツネを見かけたら、すぐに逃げなさい」と。

どうしていがみあっていたのか、どうしてこんなことになってしまったのかは、もう誰にもわかりません。だって、それは、ずっとずっと昔の事で、キツネ族の長老にも、タヌキ族の長老にも、わからない事だからです。お互いにもうわからない事も、もちろんお互い知りません。

ですが、それでも、とにかく、いがみ合っていました。

***

今日は山のふもとにある、キツネの神社の、季節が一巡りするたびに一度開かれる、とても特別なお祭りの日です。

キツネでもタヌキでもない、「人間(にんげん)」という、しっぽも無ければ、ふさふさした毛も生えていない、へんてこな動物のつくった、ふしぎな場所の、ふしぎなおまつり。

キツネもタヌキも、この日が好きでした。…お互いに、そのことも知らなかったのですが。

キツネもタヌキも、人間に化けてお祭りへ向かいます。耳と尻尾さえ隠せば、鈍感な人間たちには、キツネやタヌキであることは、わからないからです。

キツネの神社ですから、タヌキたちはことさら一生懸命隠します。鈍感な人間たちには、そこまで隠さなくてもバレやしないのですが、タヌキたちにはそんなことは分からないからです。

キツネたちはバレるとあがめ奉られて、めんどうくさいので、やっぱり一生懸命隠します。ほんとうは、夕暮れの暗闇の中では、キツネの耳も尻尾も、人間たちの鈍感な目には見えないのですけれどね。

***

キツネのころんは、この日が大嫌いでした。みな美しい銀色の毛をしているキツネ族の中で、ころんだけは、茶色の毛をしていたからです。いつもみんなから珍しそうな目で見られるものですから、恥ずかしがり屋のころんは、そんな自分の毛の色が嫌いでした。「ほんとはキツネ族じゃないんじゃないか」。そんな事を思われているのではないかと不安になったりもします。

だから、いつも人間に化けてキツネの里の外で過ごしているのに、お祭りになると、みんながやってきます。みんなと会わないわけには、いきません。

ころんは、みんなと会わないように、会わないようにと場所を変えて、ようやく、誰も来ない川のそばを見つけました。

「なんで、ぼくはこんな毛の色をしているんだろう。ぼくは本当に、キツネ族じゃないのかな。だとしたら、ぼくは一体…何なんだろう…」

ころんは、俯きながら、ずっと川に映る、自分の姿を眺めていました。

***

タヌキのロロは、キツネの神社のお祭りが大好きでした。ロロは、人間の作った不思議な食べ物が大好きです。

「あ〜、人間の食べ物は、どれも美味しいな〜。里のみんなはなんで嫌いなんだろう?ま、いっか!」

お祭りの太鼓の音を背に、ロロは森へと帰っていきます。隠していた耳としっぽは、もう隠す必要がありませんから、すぐに出してしまいました。ずーっと隠してるのも、大変なのでね。

「あれっ、誰か居るみたい」

人間の女の子を見つけたタヌキのロロは、急いでまた、耳としっぽを隠します。

人間の女の子は、ロロに気づかず、ずっと川を眺めています。

「…どうしたんだろう?」

ロロがそうして近づいてみると、女の子は沈んだ顔で下を向いていました。…なにか、悲しいことがあったのでしょうか。ロロは話かけます。

「やぁやぁ。こんな所で座っていたら危ないよ。回りに誰もいないここじゃあ、川に落ちても助けてもらえないからね」

隣に腰かけて、ゆっくりと話しかけます。

「…いいの。ぼくなんて、川に落ちたらいいんだ」

むむむ。何があったのでしょうか。ロロは、手に持っているアイスを差し出します。

「どうしたのさ?まぁまぁ、これでも食べなよ。とってもおいしいよ」

「いらない」

そう言いつつも、女の子は顔を上げて、アイスを見つめています。

「そうかそうか、じゃあたしが食べちゃおうかな。こんな暑い日には、早く食べないと、溶けちゃうからね」

そういいながらアイスを左右に振って食べるふりをすると、女の子はアイスの方に目を向けます。…どうやら、本当は食べたいみたいですね。

ロロはすこしいじわるな笑顔で。

「…たべる?」

女の子は少し声を震わせながら、

「…た、食べる…」

「どうぞ、どうぞ!」

ロロは笑顔で女の子にアイスを渡しました。

「ひゃっ、つめたい。これ、なに?」

女の子は、驚いた様子です。

「君は人間なのに食べたことがないのかい?これはアイスクリームだよ」

「あまくて、しょっぱい味がする。あと、つめたい」

「するどいね!しょうゆ味のジェラートさ」

「あなたは、変わった食べ物を食べるね。人間って変わってる」

「きみこそ、なんで川に落ちてもいいんだー、なんて思ったんだい?あたしは絶対に落ちたくないよ!落ちてほしくもないね!」

「えっと…その…あの…」

アイスを食べるのをやめた女の子の顔は、またすこしずつ、曇り空に戻っていきます。

「おっと、ごめん。無理して教えてくれなくてもいいさ」

とても悲しい事があったのでしょうか。ロロは考えました。どうしたら、この女の子は笑ってくれるだろうか、と。

「うーん。そうだ、きみ、今日は暇?」

「えっ?」

女の子は、キョトンとした顔です。

「あたしと遊ばないか?ってこと。町の食べ物はおいしいけど、もうおなかいっぱいだし、町の遊びはあたし好みじゃないんだ。だから、今日はこれからどうしようか、悩んでてね」

「でも、ぼく、たくさん走ったりするのも、難しいきまりを覚えるのも苦手だし…遊び相手に、なれるかな?」

「もちろん、なれるさ!走るのが苦手なら、たくさん走る遊びはしなきゃあいいだけだもの。あたしも難しいのはガラじゃないし。そうだなぁ、かくれんぼなんかどう?」

「…それ、ぼくとってもとくい」

女の子の顔は、少しだけ笑顔になりました。

「いいねいいね。じゃあ、じゃんけんしてどっちが隠れるか決めよう」

「…『じゃんけん』って、なぁに?」

女の子は、またキョトンとした顔に戻りました。

「…うんうん、きみはすごく変わっているね。いいかい、じゃんけんっていうのはね…」

***

**

遊んでいると、一日というものは、あっという間です。上を見上げると、葉っぱの隙間から、すっかり夕焼け色が届くようになっていました。さっきまで、とっても青かったのに。

ロロもかくれんぼには腕の覚えがあったのですが、女の子のあまりに見事な隠れっぷりに、ロロはついに降参してしまいました。

「こうさーん!」

ロロが叫ぶと、女の子は樹の中から姿を現しました。

「えーっ!?そこ!?」

「ふふふーっ!」

樹にできた大きな洞穴に、こっそりと隠れていたのです。まさか人間がこんな所に隠れているなんて。これにはロロもびっくり。

「…きみは強いなぁ。実は帰ってしまったんじゃないかと思って、不安になってしまうほどだったよ。見事な隠れっぷりだ、あんな所に隠れていたなんて」

「かくれんぼはね、隠れる場所を知っていれば、ぼくみたいに運動が得意じゃなくてもすっごく強くなれるんだよ!でも、かくれんぼは逃げて隠れる遊びなのに…見つけて貰えないと、なんだかちょっと、さびしいね」

「甘いな。いつまでも勝利が続くと思うなんて、君は実に甘い。君はこのとっておきの穴をあたしに教えてしまったからね。今度から君はここに隠れただけでは、あたしの捜査網から逃れることはできないわけだ」

関心しながらも、ロロは今度こそはと意気込みます。負けず嫌いなんです、ちょこっとね。

「こんど…?」

女の子は、首をかしげます。

「あぁ、ごめんごめん。あたしの考えが勝手に出てしまった。また今度一緒に遊ばないかい?かくれんぼもまたしたいし、他の遊びもしたいな。いつが良いかな…なんなら、明日でもいい。もちろん、君次第だ」

「明日…。…うん、いいよ。じゃあ、また明日」

「ありがとう。じゃあ、また明日!」

ロロは、女の子にさよならをしました。明日また、会えるといいな、どんな遊びをしようかな、きっと何をしても楽しいだろうな、と悩みながら、胸を弾ませながら。なにせ、初めての人間の友達ができたものですから、とっても嬉しかったのです。

***

キツネのころんは、嵐のようにやってきて嵐のように去っていく人間の子を見て、まるでこれは夢だったのかな。でも、…ほっぺたをつねると痛くって。どうも、いままでの事は夢ではなかったようです。

「あの子、すごく元気だったな。それに比べて、ぼくは…言いたいことは言えないし、いつも、うじうじしてばっかり…。すごいなぁ」

ころんは羨ましいと思うと同時に、自分がやぱりちょびっと、嫌だな、という気持ちが沸いてしまいます。

「でも、明日も遊べるのは、ちょっと楽しみ、かも…」

ふと、ころんは気づきました。あの人間の子は、ぼくの髪の色について、とくに何も言わなければ、驚いた様子を見せたりもしなかった事に。

「人間の子、だからなのかな…。でも、なんだか、気が楽かも。お友達に、なれるかな…」

不安と期待が入り混じった中、ころんは里にある巣穴の中で、今日あった人間の子と、友達になったらどんな楽しいことが起こるのか、想像しながら眠りにつきました。

***

でも、なかなか物事はうまく行かないものです。つぎの日は、じとじととした雨でした。ロロの住んでいるタヌキの里には、こんな日は地面はぐちゃぐちゃ。タヌキの里のみんなは、こんな日は巣穴にこもって、ゆっくり、のんびりしています。

ですが、ロロは違いました。

「むむむ、昨日の女の子は、どうしているだろうか。雨の中、待たせてしまってはいないだろうか」

だとしたら、大変です。人間の女の子ですから、風邪をひいてしまうかもしれません。

ロロは泥まみれになりながら、昨日の場所へと向かいました。タヌキの4本あしを上手く使えば、こんな泥の中でも、ぐんぐん歩くことができます。人間に化けた時にも泥まみれの姿になってしまいますが、それどころではありません。それよりも、女の子の方が心配でした。

昨日の川辺へいそぐと、女の子が雨の中で立っているのを見つけました。傘もさしていなければ、合羽も着ていません。髪も、服も、ずぶ濡れです。これでは、人間の体では、風邪を引いてしまいます!ロロは急いで人間に化けました。…ロロも、傘も、合羽も、持ってないんですけどね。

「君!ずぶ濡れじゃないか!あたしを待っていてくれたのかい?さぞ冷たかろう、待たせてごめん。それにしても、傘もささずに、どうしたんだい?風邪をひいてしまうよ!」

女の子は、意外にも元気そうでした。ロロは、すこしほっとします。

「ぼくは大丈夫だよ。雨は慣れてるんだ。あなたも、ずぶ濡れだけれど、大丈夫…?」

ロロは、ふと、どう答えたものか、考えました。うまく答えなければ、タヌキだとバレてしまうかもしれません。そうしたら、人間の女の子は怖がってしまうでしょう。

「…家の中を探し回って傘を探していたんだけれど、無くしてしまったみたいでね。遅れてしまったのは、そういう事なんだ。待たせてしまってごめん」

「ううん。それより、服も泥だらけだよ。大丈夫?」

また、ロロは考えます。ロロは、嘘をつくのは得意では無いし、好きでもありません。でも、せっかく仲良くなれた女の子に、ほんとはタヌキなのだとバレてしまうかもしれません。ロロは、それも嫌でした。ロロは少し考えて、答えます。

「あたしってばドジだから、ちょっと転んでしまったのさ。大丈夫、泥のぬかるみだったから、けがはしていないよ」

「…よかった。でも、このままじゃ、あなたも風邪をひいちゃうよ」

「それは君も…くしゅん!」

ロロはくしゃみをすると、耳としっぽが出てしまいました。

「あ、あなたは…タヌキ族?」

「あっ、し、しまった!」

*****

ころんは驚きました。昨日のあの子が、人間ではなく、タヌキ族が化けた姿だったなんて。

いつものみんなの言葉が、こだまします。

「タヌキを見かけたら、みんなで集まって戦いなさい」

でも、ころんはどうしても、そう思えませんでした。昨日ぼくとあんなに楽しく遊んでくれたあの子と、どうして戦わなくちゃいけないんだろう。

この子は、ぼくの毛の色を見て変な顔をすることもなければ、難しいことが苦手なぼくのことも、受け入れて、楽しく遊んでくれたのに。

ころんは、この子と戦うよりも、遊びたい。もっと、色々なことがしたい。素直に、そう思いました。

だから、ころんは勇気を出して。

「えいっ」

自分も、耳と尻尾を出しました。

「…ええとね、ぼくもね、ほんとは、キツネ族なんだ。…黙ってて、ごめんね」

目の前のタヌキは、驚いた顔をしていました。…ころんは、胸がドキドキします。やっぱりキツネ族とタヌキ族は仲良くできないのかな…。

「まさか、君も化けていたなんてね!こりゃあ、驚きだ!」

目の前の女の子は、すぐに笑顔になり、笑い出しました。ころんは、ほっとします。

「そういえば、あたしたちはお互いの名前も知らないね。あたしはロロ。君の推測通り、タヌキ族のロロだ。君の名前を教えてくれるかい?」

「そういえば、そうだね。ぼくの名前は、ころん、って言うんだ。こんな毛の色をしているけど、キツネ族だよ」

「そうなのか。たしかにそういえば、キツネ族は銀色の毛をしていると聞いたことはあるかもしれない。だが、そんなことより。ころん君、これからも、仲良くしてくれるかい?」

「…いいよ、もちろん。ありがとう」

「ありがとうは、こっちのセリフだ。今日は御覧の通り雨だし、遊ぶって感じの日じゃない。今日はいったん、人間に化けるのもやめて、お互いの里に帰ろう」

ころんは、まだ少し不安です。ああは言ってくれたけれど、これは「君とはもう遊ばないよ」という意味ではないのか、と。

「ころん君。また晴れる日が来たら。ここでまた会おう。大丈夫さ、人間にはこんな言葉があるそうだ。『止まない雨はない』、とね」

ころんは、疑っていたことを後悔しました。タヌキ族だからと勝手に疑ってしまった自分を、恥じました。

「ころん、でいいよ。あなたのことは…?」

「なら、ロロでいいさ。まぁ、ころんの好きな呼び方が一番だ」

「わかった。じゃあ、ロロ、って呼ぶね。ロロ、じゃあ、また今度遊んでくれる…?」

「だから、そう言っただろう?君さえ良ければ、あたしはいつでもウェルカムさ。…今日みたいな雨の日は勘弁、だけれどね」

「わかった…うん、じゃあ、また晴れた日にね」

二匹は元のキツネとタヌキの姿に戻ると、その日はお互いの里へと帰りました。

***

それからは二人は尻尾も耳も隠さずに一緒に遊びました。もうバレているのだから、隠す必要もないですからね。お互いの尻尾の色を見比べたり、触って感触を確かめたり。たぬきの方が丸っこいけど、キツネのほうがやわらかいねえ。そうやって遊んでいるうちに、お互いはお互いの尻尾や耳を可愛くて綺麗だな、と好きになりました。かくれんぼ以外にも、いままで出来なかった遊びも、キツネやタヌキの姿のままになることで、たくさん出来るようになりました。

しかし、どうして、いがみ合っているんでしょうね?ロロもころんも、不思議でしたが、それよりも、楽しく遊ぶ方が好きでした。

今日も日が暮れるまで遊ぶと、ころんとロロは、手をつなぎながら、いつも椅子の代わりにしている、川辺の石の上に座りました。

「ほんとうは、キツネのみんなにもわかってほしいな。タヌキ族は、こわくなんかないよって。友達に、なれるんだよ、って」

「あたしもそうさ。でも、みんな、キツネの話なんかしたくな~いって感じでねぇ」

「…ぼくのところも、そうかも。みんなの誤解を解くのは、なかなか大変そうだね」

「そうだねぇ。でもきっと、いつか分かり合える日がくるさ。だってあたしたちは、こうして、仲良くなれたじゃない?きっと、みんなちょっとだけ、頭がかたいってだけさ」

「そうだね。そうだといいな…」

「大丈夫さ!」

「ロロが言うと、そんな気がしてくるよ」

「ははは、それは嬉しいね」

「そうだ。次は、いつ遊ぶ?」

「そうさねぇ。…む!?」

「ど、どうしたの?ロロ」

ロロは驚いた顔で、川の方を向いています。口は開きっぱなしです。

「人間が…流されてる!」

「えっ…ほんとだ!」

ころんも同じ方向を向くと、たしかに誰か人間が流されているのが見えました。白と朱色の服を着ています。…山の麓の神社の巫女さんでしょうか。…でも、それならどうして川の上流に?

「こうしちゃあ、いられないよ。助けなきゃ!ころんも、手伝ってくれるかい?」

「うん、もちろん…ぼくにできるかな…」

「ああ!2匹ならできるさ!」

***

キツネもタヌキも、泳ぐことは難しくありません。それでも、川が流れている中、人間に化けた姿で、人間を岸まで運ぶのは、簡単な事ではありません。意識を失っていて、自分で体を動かせないとあらば、なおさらです。

「「せーの!」」

2匹は力を合わせて、なんとか人間を岸まで運びました。

「ど、どうしようロロ…。顔が青いよ…」

なんとか引き上げることに成功した2匹でしたが、引き上げた巫女の顔色はよくありません。唇は、紫色をしています。ロロも、焦っています。

「でもまだ息はあるみたいだ。…ゆっくりだけど、脈もある。…ころん、君のところに、手当の得意なキツネはいるかい?」

「ばあば様なら…薬草とかよく知ってるから、分かるかも…」

「呼んできて、くれるかい?あたしの里にも、あたしがケガをしたりしたときにはいつも治してくれるタヌキがいるんだ。呼んでくるよ」

ロロの表情は、いつになく真剣なものでした。…でも、それが意味する所は…

「キツネのみんなと、タヌキのみんなが、一緒に来るってこと…?」

「そうだね。でも、そんな場合じゃないさ。この子は、あたしたちだけじゃあ、助けられない。急がないと!まずは君の方から呼んできてくれるかい?あたしはその間、だっこしてこの子の体を温める」

ころんは怖くもありましたが、ロロの行動力を見ると、ぼくも頑張らなきゃ、と自分を奮い立たせました。

***

「なんだい、タヌキじゃないか」

「それはこっちのセリフだ、キツネめ」

ロロところんはお互いの里から応援を何匹かずつ呼びましたが、案の定、喧嘩が始まってしまいました。…このままでは、流れてきた女の子の治療どころではありません。

どうしよう、どうしよう…。ロロは女の子に付きっ切りです。ぼくは、ぼくはどうすれば…どうすれば…

「そんな場合じゃないでしょ!どうしてそんなこと言えるの!」

ころんの口から、自然に言葉が出てきました。

「女の子が、…死んじゃうかもしれないんだよ!タヌキとキツネは仲良くなれるよ!このキツネの子は、ぼくの大事な友達なんだ!協力して!」

「しかし、人間の命だろう?ほっとけばいい」

老タヌキはそう言います。

「でも!でも!…助けられるなら助けたいんだ!キツネでもタヌキでも人間でも、命は大事だよ!そうでしょう!?いつも、みんな、そう言っているじゃない!おねがい、今だけでいいの!協力してください!」

ころんは深く頭を下げました。気づいたロロも、女の子から一旦離れ、ころんの近くに寄って頭を下げます。

「まぁ、そこまで言うなら、わかった、わかった。でもこいつを助けるまでだぞ、キツネめ」

「ふん、それはこっちのセリフだね、タヌキ?」

相変わらず、あまり仲は良くはないようですが、その言葉に、ころんはすこしほっとしました。

***

「見たところ身体に傷はない。この息から見て、水を肺に吸い込んだりもしていない。着替えさせて体を温め寝かせておけば、じきに目が覚めるだろう。しかし、早くさっさと起きてほしいもんだ、キツネが里に来るなんてとんでもねぇことだからな」

「こっちだって来たくて来てるわけじゃないんだよ」

無事に(?)話し合った結果、タヌキの里でタヌキの得意とする葉っぱの変化術を使って作った布団で女の子を寝かせる場所を提供し、タヌキよりも人間の世界に明るいキツネが、彼女のためのおかゆなどを作ったり、彼女の身の世話をする、という分担でまとまりました。

ロロもころんも、本当に協力できるか心配でしたが、今は信じることしかできません。

***

暖かい布団で眠る女の子の顔には少しずつ生気が戻り、数日後、ついに目を覚ましました。身の回りに獣の耳と尻尾の生えたタヌキやキツネがいることに驚きながらも、救ってくれたことに心から感謝の気持ちを示します。

「この度は、人間であるにも関わらずわたしを助けてくださり、本当にありがとうございます。この御恩、一生忘れません」

「しかし、どうしてあんたは川なんかに流されてたんだい?あんた、人間だろ?この山の、しかも上流なんか、来る理由なんか、ありゃあしないだろ」

キツネのばあば様は、なんだかんだは言っても女の子の事を気にかけていたようです。老タヌキも、女の子の方を静かに見ていました。

女の子はどう説明するか考えた様子でしばらく考えます。

「…実は、この身を山にお返ししよう、と思いまして、山の上にある池へと飛び込んだのです」

「それって、じ、自殺…」

ころんは、思わずびっくりです。ロロも驚いた顔をしています。

「じゃ、あたしたちゃ…余計な事、しちゃったかねぇ…」

キツネのばあば様も、老タヌキも、どう反応すればいいのか、困っている様子でした。

「…いえ、そんな事はありません。今では、自分の愚かな行いを恥じています。その愚かさに気づけるのも、今、ここで、生きているがこそ」

「…どうして死のう、なんて思ったのさ?あたしは死にたくないな」

ロロは、重い口を開くように聴きます。

「わたしは麓の神社の娘として生まれました。神社の事はご存じでしょうか…?」

「あたし、タヌキだけど知ってるよ。最近、お祭りやってた所でしょ?お店の料理がおいしいよね」

「なんだい、タヌキも祭りに来てたんだね。あたしたちもよく行くよ。人間に化けとるから、人間は気がつかんだろうがね」

「まさか、そうだったのですね…。その神社の娘としてわたくしは生まれ、巫女として生きる事を命じられました」

「…それが、…嫌だったの?」

「嫌ではありません。今回助けていただけたことも、みなさんのお陰であると同時に、神さまのご意思なのだろう、と思います。人間だけではなく、この山に生きるすべての動植物が幸せになってほしいとも、思います。神社を継げば、そんな山を作ることも可能になるかもしれない、という一抹の希望もありました。ですが…」

他のキツネたちやタヌキたちも、女の子の声に耳を傾ける。

「わたくしの親も含め、神社の者には、もはや信仰の心はありません。お金、お金、お金、それがすべてです。森の生き物も、皆、粗末に扱います。遊び感覚でイノシシを狩り、食べることすら、致しません。わたしが神社を継いだとしても、それは変えられないだろう、と悟りました。しかし、神社の娘として生まれた宿命の元では、他の道を選ぶことも難しいのも事実。この神社を続けるのに加担する位であれば、この体は、もう自然に還そう、餌になり、土になり、すこしでも山に生きるものたちの役に立ちたい、と、山の上の池に身を投げました。…その後は、皆さんのご存じの通りです」

「きみは…とっても、優しいんだね」

ころんは、絞り出すように声を出しました。

「ふーん。そんなことで自殺したの?」

一方のロロは、くだらなそうなジェスチャーで応えます。

「そんなこと!?わたくしにとっては、生きるか死ぬかの、大問題なのです!」

「いいや、『そんなこと』だね。あたしは、きみに、そんなことで、死んでほしくない。そんなこと考えてないでさ、あたしたちと友達になろう。そしてさ、一緒に森で暮らして、楽しいこと、やりたいことをしちゃおうよ!森は楽しいよ!」

女の子はじっくり考え、しばらくの間をおいて、言葉を選ぶように答えます。

「…助けていただけたのも、神さまのご意思だとは思います。けれども、人間であるわたくしが、みなさんと一緒に暮らすことは、できるのでしょうか?…それに、他のみなさまは…?」

流石に巫女の女の子は、戸惑っているようです。無理もないでしょう、人間に化けたキツネやタヌキを見るのも、今日が初めてなのですから。

「あたしは問題ないよ。むしろ、すっごく楽しそうさ」

ロロは楽しそうです。

「ぼ、ぼくも…。タヌキと友達になっちゃいけない、って教わって来たけれど、ロロと仲良くなれたんだ。きっと、人間だって、ぼくたちの、友達に、なれると思う」

ころんも勇気を出して、賛成しました。

「ふん…それは流石にあたしたちだけじゃあ、答えが出ないね。うちの長老に伺いを立てないと。タヌキ、そっちも決めとくれ」

「キツネのいう事なんか聞きたきゃないが、まぁ、わかった。それまでは、今まで通りベッドを使ってもいいぞ。まだ完全には癒えてないだろ。数日増えた所で、こっちとしちゃ、今更大差ねぇ。こっちもその間に、長老に聞いておく」

「この身に余る慈悲。感謝いたします」

「そういえば、いろいろな事がたくさんあったものだから、名前がまだだったね。あたしはロロ。きみの名前は?」

「ぼ、ぼくは、ころん」

「わたくしはあおい…上中里あおいと申します。ロロさん、ころんさん、改めて助けてくださり、本当にありがとうございました」

「そんなかしこまってないで!ゆるく、ゆるくー!あたしのことはロロって呼んでいいって」

「ぼ、ぼくも…もっと仲良くなりたいから、ころん、でいいよ」

「…わかりました。ロロ、ころん。短い間かもしれないけれど、よろしくね」

「おっけー!こちらこそ、よろしく!」「うん、ぼくも…よろしく…」

とりあえず、女の子は、キツネとタヌキと、もうちょっとだけ、一緒に暮らせることになりました。